『三島由紀夫書誌』刊行に寄せて―佐藤秀明・山中剛史・久保田裕子

「図書新聞」第3685号(2025年4月26日)に掲載された、編者による紹介記事を転載します。

『三島由紀夫書誌』の刊行

 日外アソシエーツから刊行された『三島由紀夫書誌』は、B5判で1100ページを超える大部な本になった。
 この『三島由紀夫書誌』は、「受容史――そのためのエスキス」を巻頭に据えたことで明らかなように、三島由紀夫の主に受容史に力点を置いた書誌である。その内容は「年譜」、「参考文献目録」、「著書目録」、「上演作品目録」、「映画化作品目録」、「放送作品目録」、「音声・映像資料目録」、「逸文目録」、「翻訳作品目録」から成り立っている。

三島由紀夫書誌
『三島由紀夫書誌』

 とはいえ、これは三島由紀夫についての全データではない。新潮社版の『決定版三島由紀夫全集』(42巻、補巻1・別巻1)があるからだ。『決定版三島由紀夫全集』は、2000年11月から2006年4月まで刊行され、刊行時において可能な限り詳細で正確な書誌データが記載された。しかし、刊行開始から四半世紀ほどの年月が経ち、完結後からでも20年近い時が流れている。『三島由紀夫書誌』は、全集刊行後の書誌データを記載し、また、全集では収録できなかった書誌データを収録したものである。  全集完結後も、三島由紀夫の単行本、文庫本は新たに編集され刊行されている(「著書目録」)。全集完結後の戯曲の上演も、三島没後50年がコロナ禍に見舞われたにもかかわらず、途切れることなくなされてきた。商業演劇だけでなく小劇場演劇やバレエ、オペラなどのアダプテーションも盛んであった。これらの記録が「上演作品目録」である。コロナ禍でも上映館が多く観客の入りもよかった映画「三島由紀夫vs 東大全共闘50年目の真実」のほか、三島関連の映画は「映画化作品目録」にまとめた。「放送作品目録」や「音声・映像資料目録」は、ここに整理しておかねば情報が埋もれがちな記録である。『決定版三島全集』は、個人全集として出色の全集だったが、それでも、完結後に小説、随筆、談話、書簡が見つかっている。これらは多様なメディアで紹介されてきたが、それを整理したのが「逸文目録」である。

没後の事項に重点が置かれた年譜

 「年譜」は、三島由紀夫の誕生から生誕100年にあたる2025年1月14日までの100年年譜である。とはいえ生前の年譜事項は、安藤武『三島由紀夫「日録」』(未知谷、1996・4)や佐藤秀明・井上隆史の「年譜」(『決定版三島由紀夫全集』42巻、新潮社、2005・8)に詳述されたので、本書では没後の事項に重点を置き記載した。三島没後には家族・友人・知人の死去があり、演劇の上演があり、旧版全集に収録されなかった三島作品の発見があり、それにも増して大量の資料が三島家から見つかり、山中湖に三島由紀夫文学館が建ち、いくつかの展覧会が催された。海外での演劇上演も盛んに行われた。

多くの分量を割いた「参考文献目録」

 本書で最も分量の多いのは「参考文献目録」である。『決定版三島全集』には「主要参考文献目録」しか載っていないが、本書では収集し得たすべての参考文献の情報を記載した。13歳の小説「酸模」について言及のある「輔仁会雑誌」の「編集後記」(1938・3)から始まり、2万8000件を越える文献が収集され整理されている。

 この文献目録の特徴は、同一文献の初出、収録、再録の記録を示したところにある。例えば、「新潮」1971年2月号の「三島由紀夫追悼特集」に掲載された澁澤龍彦の「絶対を垣間見んとして……」には、(→72・6、75・8、76・8、78・12、79・12、80・11、83・12、86・11、87・11、90・10、97・7、99・2、09・11)というインデックスがある。これは西暦の下2桁と月を示しており、「→72・6」は、1972年6月には「絶対を垣間見んとして……」を収録した澁澤龍彦の『偏愛的作家論』(青土社)があるということだ。ちなみに「絶対を垣間見んとして……」には13の年月が記されていて、当該の図書雑誌を含めれば14の初出・収録・再録があることになり、この文章の価値や澁澤龍彦の人気の高さが窺える。

 また、文献記述の後ろには、作品名の頭文字を置いている。例えばゴシック活字で「鏡」とあるのは、この論文が『鏡子の家』を論じたことを示している。別表「三島由紀夫作品の頭文字」を付し、「かがみ」からも「きょう」からも「鏡」が引き出せる。「美」のつく作品は四作品あり、「美徳のよろめき」は「美(1)」、「美しい星」は「美(2)」、「美濃子」は「美(3)」、「美神」は「美(4)」で、「び」「うつく・しい」「み」のいずれからも検索できる。

編者の苦労、苦心

 「翻訳作品目録」は、『決定版三島全集』にはない目録である。日本文学の翻訳作品を調べるためには、独立行政法人国際交流基金編「日本文学翻訳作品データベース」が網羅的な情報として手がかりになったが、東アジアの言語の翻訳についての情報を補った。図書や雑誌に収録された約2000点の翻訳作品名を掲載しているが、「シリーズ名」についても確認できた範囲で記載した。例えば『世界文学全集』として刊行されたのか、三島文学がシリーズ化されたのかという情報も提示することで、翻訳言語によってどのように三島文学が紹介されたかという情報を示した。

 45年前、ルーズリーフに線を引いて、国文学研究資料館の『国文学年鑑』や学燈社の「国文学 解釈と教材の研究」巻末の「主要雑誌・紀要論文」から、三島由紀夫に関する論文を抜き出してはボールペンで記録し始めたのが佐藤秀明担当の「参考文献目録」の始まりである。年月を経てワープロ専用機に、そしてパソコンに入力することになった。ここで収集した新聞雑誌の記事が、「年譜」の材料になった。

 三島の書誌は山中剛史が学生時代から三島の初版本から上演パンフなど関連資料を収集していたことを活かして『決定版三島全集』での「著書目録」を作成、今回の目録は「上演作品目録」、「映画化作品目録」、「放送作品目録」、「音声・映像資料目録」もその継続版である。とりわけ前例のなかった「放送作品目録」は国会図書館で指に豆ができるほどマイクロフィルムを回して数十年分チェックした成果が土台となっている。

 久保田裕子担当の「翻訳作品目録」については、例えば上海図書館における調査を通じて、哈爾浜、重慶、青島、西安などのさまざまな地域の出版社から、これまでほとんど翻訳されなかった短編、旅行記、エッセイなども含めた多様なテクストが刊行されていることが明らかになった。翻訳状況がそれぞれの言語を通してどのような受容をもたらしているかという、三島以外の近代文学の作家の国際的受容状況とも関連する可能性がある。

感慨深い完成

 これらが『三島由紀夫書誌』としてまとまり、刊行されたのは感慨深い。日外アソシエーツの依頼以前から、編者はそれぞれに資料を収集しリストを作っていた。それをネットにアップして適宜補訂していくという方法もないわけではなかった。しかし、経験的に言えるのは、そのやり方では、誇張でなく、おそらく永遠にこれらの書誌目録は完成しなかっただろうということだ。書誌に「完成」や「網羅」はありえないにしても、本書の各目録ほどにはたぶんなりえなかった。それほどに1冊にまとめるという仕事の力は強く、紙媒体の本の力はこういうところにも働くのかと実感させられた。


「三島由紀夫を知るためには、何よりもまず、その作品を耽読すべきだ。それは無論、作者自身の願いであっただろう。しかし、猶それに飽き足らず、その多彩で膨大な創作の軌跡を辿り、全貌を把握したい人にとって、ここに能う限り蒐集され、周到に研究された最新のデータは、極めて雄弁だ。三島は小説家であり、読書家であり、思想家であり――また、メディアを賑わせた時代の寵児であり、「天皇主義」を掲げて自決した行動家でもあった。データは、その存在を巨細となく語り、事実と事実との思いがけない結びつきを示して、読者を絶えず新たな発見へと導く。『決定版 三島由紀夫全集』は、本書『三島由紀夫書誌』を俟って、いよいよ盤石の支えを得た。」(平野啓一郎氏 推薦)

三島由紀夫書誌
 佐藤秀明・山中剛史・久保田裕子 編
 B5判 上製 1,130頁 
 定価33,000円(本体30,000円+税10%)
 ISBN:978-4-8169-3047-8
 日外アソシエーツ 2025年5月刊行
三島由紀夫書誌
『三島由紀夫書誌』(帯推薦文)

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