能登を訪ねて 2 輪島市

 石川県庁をお訪ねした翌日、金沢から「のと里山海道」を使って車で輪島市に向かいました。
 「のと里山海道」は海岸線を通る美しい道です。しかし原子力発電所のある志賀町を過ぎ、道が山間部に入っていくと様相が一変しました。

 両側2車線の道路の中央分離帯を挟んだ片側が崩落し、う回路を通らないと先に進めなくなってきました。報道における言論の自由を研究されている専修大・山田先生は、2月にこの道を使い被災地で取材活動をしている記者達を見舞ったといいます。
 道は崩落し、地割れし、被害を受けた箇所を避けてウネウネと走らなければなりません。地震から7カ月経ち補修が進んでいるとはいえ、時速20kmほどで走らざるを得ない区間があります。道路照明もなく、夜の運転は相当神経を使うでしょう。幹線道路がこの状況です。人と物の流れは未だに大きな制約を受けているでしょう。

のと里山海道

 輪島市に入り、最初に輪島港に向かいました。小高い丘の上にワイナリーがありましたので寄りました。ショップの方によると、1月2日に目覚めて海岸を見たら、いままで海だった場所が陸地に変わっていたといいます。海底が最大約4m隆起した輪島港は一見すると遠浅の砂浜のようになっており、1艘の漁船も見えませんでした。
 「人もいなくなったけども、動物も、鳥も、虫さえも減ってしまったような気がします」と仰っていました。

輪島港の海底隆起

 次に輪島市立図書館を目指しました。図書館は文化会館との併設でしたが地震で大きな被害を受け、現在は隣接する「道の駅輪島ふらっと訪夢」にて仮設営業していました。図書館のある場所に着いたのが13:00でした。お昼休み後の14:00~再開するとドアに掲示されていました。山田先生、山下(社長)、私の三名は近くのお寿司屋さんでランチをとることにしました。品書きを見ると「能登地魚海鮮丼」という文字が目に入ってきました。それを注文しようとすると「いま漁ができないから地魚が手に入らなくてね」と申し訳なさそうにご主人にいわれました。ここでも厳しい現実を目のあたりにしました。

 仮設図書館が開いたので中に入って館員の方にお話をお聞きしました。建物は見た目以上に損傷が酷く、中には立ち入れないとのことでした。従って、書籍の運び出しは出来ず、今も館内は地震に襲われた状態のままだそうです。資料とともに解体となってしまうのかもしれません。

 図書館を離れた私たちは「朝市」のあった場所を目指しました。道中、倒壊した家屋がそこかしこに見られました。能登では黒くずしりと重い能登瓦の家に暮らすのがステータスなのだと聞きました。しかし、その重い能登瓦を葺いた家屋の1階部分が圧し潰された家が目立ちました。
 「朝市」跡は言葉を失う光景でした。地震直後の火災で200棟程が消失したそうです。建物やがれきは運び出されていましたが、高い建物が1棟焼けただれた姿のまま残されていました。車が何台も撤去されず置かれたままでした。(青)

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