2023年6月の新刊『復刻 歴代風俗写真集』

 日外アソシエーツ営業の青木です。

 6月に『復刻 歴代風俗写真集』(風俗研究会編 江馬務解説)が刊行されます。この大正期の和綴本(全17巻)の現物に出会ったのは、港区にある三康図書館の書庫でした。

 京都の江馬務さん(1884-1979)の時代風俗考証に基づき、古代から現代まで、各時代の様々な立場の人物姿に扮装したモデルたちが登場します。今風に言えば、“歴史コスプレ写真集”といった様相ですが、勿論、興味本位を超えて、日本の風俗史研究に欠かせない第一級の資料と言えます。

 詳しくは、こちらのカタログ(PDF)をご覧ください。

 本書がどういった契機で生まれたのか、その資料価値など、日本風俗史学会会員の青江智洋さんに書いていただいた「解説」に詳しいので転載いたします。(青)

 『歴代風俗写真集』を解説するにあたり、本書にその名が散見される風俗研究会について、まずはふれておかなければならないだろう。

 この研究会は、歴史画や風俗画を志向する少壮の画家たちが、時代風俗考証に係る指導者として風俗史研究者の江馬務(一八八四~一九七九)を擁立し、明治四四年(一九一一)に京都で発足させたものである。当初の研究会は、江馬が講師を務めた京都市立絵画専門学校の在籍者等による私塾のような集まりであったが、次第に工芸家や実業家といった多彩な職種の人々が集うようになり、往時は六〇〇余名の会員を擁する社会に開かれた団体となった。当研究会は大正五年(一九一六)三月から機関誌『風俗研究』を発行しており、その姉妹篇として編まれたのが本書である。そのことは本書の序文にも述べられている。

 研究会活動の中でとりわけ画家から支持を得たのが扮装写生会(扮装実演会)である。これは江馬による時代風俗考証に基づいて、モデルが古代から現代に至る各時代の様々な立場の人物姿に扮装し、それを会員の画家が写生するというものであった。画家にとっては時代風俗考証の知識が得られるばかりでなく、写生技術の研鑽を積む絶好の機会となったようであり、参加者数は多い時で数百名にのぼった。この事業の初回は大正四年一月に建仁寺両足院で催され、江馬がモデルとなって公卿束帯姿に扮装したという。常連参加者の中には、上村松園(一八七五~一九四九)や伊藤小坡(一八七七~一九六八)といった京都画壇を担う顔ぶれのほか、有職故実の大家であった関保之助(一九六八~一九四五)等がいた。また、扮装の様子は専属カメラマンを務めた山本湖舟や中江山花によって撮影された。つまり、本書は扮装写生会の副産物であるともいえる。

 扮装に係るモデルの女性は祇園芸妓を起用することが多く、結髪や化粧等は京都古今美髪講習会なる専門家集団の協力を得ている。男性モデルは、猪飼嘯石(一八八一~一九三九)、伊藤鷺城(一八七三~一九四八)、伊吹蘚石、吉川観方(一八九四~一九七九)といった会員の画家等が務めたほか、本職の芸能者を招くこともあった。衣装については、小袖等の衣服を美術商の野村正治郎(一八七九~一九四三)、甲冑を日本画家の小村大雲(一八八三~一九三八)等から借用し、その他の装束や調度は江馬や観方等会員のコレクションを使用したり、研究会で製作した模造品を用いたりしている。

 当初、扮装実演のモデルは一人だけであったが、やがて複数人を立てるようになり、時代扮装に見合った調度や背景を設えたり大道具や大掛かりな舞台セットを組み立てたりするなど、空間の演出にも気を配るようになった。さらにはモデルの仕草や礼法にも注意を払うなど、よりリアルな時代風俗の再現を求めるようになった。後にはこれを大仕掛けにした風俗時代劇や実演イベント(大鎧着初式、模擬婚礼式、曲水の宴、鷹狩)も開催している。

 本書に収録された写真は、大正五年から同一〇年(一九二一)にかけて実施された扮装写生会の様子を撮影したものであり、おおよそ時系列で収録されている。本書の製本は、美術書出版を手掛ける芸艸堂が担い、コロタイプ印刷の和装本として、大正五年から同一一年にかけて第一輯から第一七輯を発行している。第六輯以降は江馬の解説に加え、第三高等学校教授の瀧川規一による英語翻訳が付いており、国際的な展開を視野に入れていたことがうかがえる。第七輯は、研究会が大正七年(一九一八)に平安神宮で行った大鎧着初式の様子を全編にわたって収録している。甲冑を身にまとった会員等の雄姿は、確かな時代風俗考証に基づいているだけあり臨場感がある。本書は第一七輯をもって終刊となるが、跋文がないことからもわかるように、それは予定された完結ではなかったようである。その事情については詳らかでないが、大正一三年(一九二四)には後継となる『歴世風俗印画集』を発行している。

 江馬の時代風俗考証は、有職故実の知識に基づく正確さとビジブルな点に特徴があり、それは本書を通じて初めて世に知られることになった。やがて江馬は時代劇映画の時代考証に係るブレインとして重宝されたり、社寺における祭礼や年中行事の考案や指導を依頼されたりするようになり、その研究成果は広く社会に受容されてゆくことになった。こうした活動の礎となったのが先述した扮装写生会であり、その成果と魅力を余すことなく収録しているのが本書なのである。それはまた、京都画壇に足跡を残す画家や近代日本画史に重要な位置を占める者たちの教養や制作活動にも影響を与えたことが考えられる。

 本書は、日本の風俗史や美術史を識るうえで、欠くことのできない貴重な書物といえよう。

青江智洋(日本風俗史学会会員)

参考文献:青江智洋「江馬務の〈歴史の可視像化〉論―京都画壇と風俗研究会の萃点を論点として―」(『人文学報』第一二〇号、京都大学人文科学研究所、二〇二三年)
復刻 歴代風俗写真集』
 風俗研究会編 江馬務解説 B5・約480頁 2023.6刊 日外アソシエーツ
 定価27,500円(本体25,000円+税10%) ISBN978-4-8169-2972-4
 https://www.nichigai.co.jp/PDF/2972-4.pdf

復刻-歴代風俗写真集より
第八図 江戸時代末期における京都の商家新婦人 髷 正面
復刻-歴代風俗写真集より
第九図 江戸時代末期における京都の商家新婦人 髷 横
復刻-歴代風俗写真集より
第十図 江戸時代末期における京都の商家新婦人 髷 後
第一図 平安朝末期の公卿の略装「布冠」立ち姿 正面

コメント

  1. 青木竜馬 より:

    日外アソシエーツ営業の青木です。
    解説を執筆いただいた青江さんに献本いたしました。
    おりかえしご返事を頂戴しました。
    「存在さえ忘れられかけ、図書館の奥の方で貴重本となっていた『歴代風俗写真集』の新たな価値と魅力を発見する良い機会になると存じます」とのお言葉を頂戴しました。
    オリジナルが和装本でありまして所蔵されていても気軽に閲覧できる状況ではないかもしれません。この復刻本(洋装本)を沢山利用いただければと祈っています。

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