企画推進室の(竹)です。
NHK連続テレビ小説『らんまん』で、バイプレーヤーの東京大学・田邊教授(要潤)に対して後妻・聡子(中田青渚)がかけた愛の言葉がネットニュースで取り上げられました。
「旦那様ほどご立派な方はいらっしゃいません」と慕う聡子は、夜、自宅の庭を眺めて、田邊教授が一番好きな植物シダを用いて「シダがきれいですね」とつぶやきます。
シダは花も咲かせないし、種も作らない。地上の植物の始祖にして永遠。ドラマの中では俗物的な田邊教授もそんなシダに惹かれる純粋なロマンチストの一面を持ち合わせています。
「シダがきれいですね」という聡子のセリフに注目し、当該記事の中では、夏目漱石の有名な逸話を重ねています。英語教師をしていた漱石は、英語の「I love you」を生徒に翻訳させる際、「日本人は直接的な愛の表現をしない。『月が綺麗ですね』とでも訳しておきなさい」と言ったとか言わなかったとか。これは「翻訳」の神髄を語っているかもしれません。
ところで、弊社の復刻出版の中に増刷を重ねた『NEW斎藤和英大辞典 新版』(2022年8月刊)があります。斎藤秀三郎(1866~1929年)の編んだ個人辞典です。ご存じでしょうか。
晩年の昭和3年(1928年)、斎藤先生は、見出し語5万、例文12万、総4,640頁という圧倒的なボリュームの和英辞典を独力で創り上げました。「英米人の文章の引用は、和英辞典にはのせるべきではない」と考えた斎藤先生は、この辞典に個人の主観、嗜好を大いに取り入れ、和歌、俳句、都々逸、漢詩などの英訳を随所にちりばめました。これが実に面白い。日本語特有の用例を極めて多く採用した点が大変ユニークであり、今日でも英語学史上に残る名著と言われる所以です。グローバル社会において、日本の習俗や日本人の思考を英語で表現する際に欠かせない辞典と言えます。
弊社の復刻新版より、面白い文例・用例をピックアップしてご紹介しましょう。たとえば、古池(An old pond)を引いてみると、芭蕉の、あの有名な俳句が載っています。脚韻(rhyme)も踏んでおり、「水の音」=「sleeping echoes」という辺り、文学的表現ですね。「翻訳」の妙が感じられるようです。なお、thy、doth は初期近代英語で、your、does のことです。
古池や Old garden lake!
蛙飛び込む The frog thy depths doth seek,
水の音 And sleeping echoes wake.
ちなみに話題の ChatGPT(GPT-3.5)で「古池や」を英訳してもらうと、
【Q】
欧米人が鑑賞できるように日本の俳句を英訳してください。たとえば、松尾芭蕉の「古池や 蛙飛び込む 水の音」という俳句はどのように英訳されますか?【A】
松尾芭蕉の俳句「古池や 蛙飛び込む 水の音」を英訳すると、次のようになります:”An ancient pond —
a frog jumps in,
the sound of water.”これは、古い池の周りの風景と、カエルが飛び込んで水面に触れる音を詠った句です。俳句は短い詩形であり、日本の自然や季節の美しさを表現する伝統的な詩形です。この俳句は、日本の文化や自然の美を国際的な読者にも伝える素晴らしい例です。
ChatGPT-3.5
う~ん、ChatGPTは単に字面を追っているだけで「翻訳」とは言い難いですかね。解説もいい加減。俳句作品なので、正確に意味を伝える実務翻訳とはまた趣旨が異なるものですけど。(竹)
『NEW斎藤和英大辞典 新版』 斎藤秀三郎著 A5・1,940p 2022.8刊 日外アソシエーツ 定価8,800円(本体8,000円+税10%) ISBN978-4-8169-2934-2 https://www.nichigai.co.jp/PDF/2934-2.pdf
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