SPレコード文句集 漫才編|落語編(データ集)

 前回、『特選上方漫才 SPレコード文句集成』という新刊書籍(影印本)をご紹介しました。編者・岡田則夫さんが厳選した上方漫才124演目を収録しています。ところで、弊社が保有するSPレコード文句集データ全体は、以下の通りです。商品区分としてディジタルコンテンツサービス(DCS)と呼んでいます。書籍は当データ集から抽出して復刻したものです。

 漫才編:597演目(*東京漫才も含む)
 落語編:494演目

SPレコードに封入された文句カード

 中身は、大正期から昭和期にかけて流布したSPレコード(漫才|落語)に封入された「文句カード」の高解像度JPEG画像データです。漫才編と落語編に分けてデータ販売しています。当データ集には、EXCEL形式とCSV形式のインデックス・ファイルが添付されます。インデックスは、画像ファイル名、レーベル、レーベルよみ、音盤番号、演目、演目よみ、演目ノンブル、肖像の有無、演者、演者よみ、発行年月の各項目から構成されます。そして、岡田さんが解説「SPレコード文句カード集」(PDF)を書いています。以下、その抜粋です。

 演者の顔写真や録音風景などの写真や挿絵入りのものもある。特に漫才や落語などの芸人の写真は大変貴重で、特に漫才師や落語家の戦前の写真は数が少なく、漫才の新馬鹿大将(日本チャップリン)・梅廼家うめのや鶯の写真は稀少である。
 文字化された語句はかなり正確である。俗語や洒落が飛び交う漫才の文句をよくこれだけ忠実に再現したものだと驚く。文句カードの担当者にとって漫才や落語の文字化はさぞかしやっかいなものだったと想像できる。義太夫や長唄のように文句が決まっていないからである。そのうえ漫才の会話は駄洒落や俗語がポンポン飛び交うし、早口で言い立てる「阿呆陀羅経」や、滑稽なモジリ文句が連続する「でたらめお経」などのネタもあり、聴いただけではどのような文字を当てはめたらよいのか想像がつかないものだ。昔の印刷物なので当て字や多少の誤字があるのは致し方ないが、吹込み用の台本を見ながらテスト盤を聴き、文字起こしをやったのだろう。上方方言の「ドーラーイ」には漢字の「大変」をあて、「どーらい」とルビをふり、関西以外のお客にもわかる工夫をしている苦労のあとがしのばれるカードもある。漫才のように会話で運ぶ芸は文字数が多くなるので、ページが増えないように編集する担当者もだいぶ悪戦苦闘したようだ。印刷や用紙の原価を節約するためか、活字の大きさを小さくしたり、行間を狭くしたり、改行をしないでベタ組にし、それでもおさまりきれないときは、会話のカギカッコを省略したりしている。

 この文句カードの縦組の本文画像データを使い、Free Online OCRというクラウド型OCRサービスを試してみたところ、かなり綺麗にテキスト化することに成功しました。元画像(原稿)の印字状態次第ですが、識字率は意外と高い感じです。「旧字」は読取りミスが多く手作業で修正する必要がありますが、ある程度、修正パターンは決まっています。なお、無料のゲストユーザーの場合、1時間あたり15ファイルしか変換できないという制約があります。ちなみにGoogleドライブのOCR文字抽出機能も試してみましたが、こちらはあまりよい結果を得られませんでした。

 さて、7月26日より開幕したパリ五輪2024もいよいよ大詰め。日本人選手の活躍に一喜一憂した胸熱期間が終わってしまうのは残念です。2回戦敗退の女子柔道・阿部うた選手の試合直後の号泣シーンには賛否両論ありましたが、個人的にはそれだけ背負うものが大きかったんだなあと想像します。五輪イヤーにちなんで、手元のSPレコード文句集 漫才編より、近代「しゃべくり漫才」の元祖、横山エンタツ・花菱はなびしアチャコの漫才「オリムピツク」をフルでお届けしましょう。

萬歳 オリムピツク (横山エンタツ 花菱アチヤコ) タイヘイレコード 新黑10306-A
(上)
「何と云つてもスポーツ全盛時代ですな 「さうですな 「明朗日本の建設はスポーツにあり 「成程 「先づ第一に野球ね 「いやあ先づ第一にベースボールでせう  「いやベースボールも野球も同じ事やないか野球の事をば英語で君ベースボールと云ふんですよ 「あゝそら、違ふ違ふ違ふ 「何んでえな 「ベースボールの事を日本語で野球と云ふんですよ 「それやつたら君同じ事やないか 「いや同じ事やないよ 「あゝ 「あんたはね 「ふむ 「總て物事の根本を調べとらんから不可んですよ 「はゝあ 「そもそもベースボールと云ふものが輸入されて 「ふむ 「後から野球と云ふ言葉が生れて来た 「はゝあ 「だから一にベースボール、二に野球と 「そら君理屈と云ふもんやがな、先づスポーツの中では、ベースボールね 「はあ 「ラグビーにホッケーね 「はあ 「ボクシングね 「成程 「それに水泳 「拳鬪は 「拳鬪も君ボクシングも同じ事やないか 「あゝさうか 「はあそれにランニングね 「カンニングは 「カンニング 「はあ 「そんなもん君スポーツの中に入りますかいな 「だけどね 「はあ僕等學生時代にはね 「はァ 「ランニングより以上カンニングは流行してね 「ほゝ 「ランニングのらまい奴はね 「ふむ 「どうも試驗が危なかつたがね 「はあ 「その點はカンニングのらまい奴はね 「はあ 「優等なる成績でしたよ 「そんなんほとんど君試驗毎に誤間化してまんねやが 「僕はずつと永年の間ね 「どうらい又横着な男やな 「僕は學校に於てもね 「はあ 「カンニングの方では優秀なる選手でした 「カンニングの選手? 「はあ 「ふうん 「だからオリムピクへちよいちよい行つてますよ 「オリムピッツへ 「はあ 「冗談云ふな君オリムピックへさして行くのはねあれはスポーツのチヤンピオが集る所やでカンニングの君がやなどんなン用があるんです 「だから君は餘りにも物事を知らん過ぎると云ふんですよ 「なんでゞすいな 「いぎ學期試驗となるでせう 「はあ 「僕の周圍には 「ふむ 「數多の惡友が取り巻きますよ 「はあはあ 「そこで僕が皆に挾まれて 「ふん 「おもむろにカンニングをやる 「成程 「所謂高等カンニングですな 「はあゝ 「さうして皆んなに答案を書いて與へる 「ふむ 「試驗が無事に終了するでせう 「はあ 「その報酬に、皆んなが僕をオリムピツクへ連れて行つてくれるんですよ 「で一體君オリムピツクへ何しに行くねんな 「何しに行くて君、飯喰ひに行くねやないか 「飯食べに 「はあ 「ふう…… 「君はオリムピツク知らんらしいな 「僕一回も行つた事ないな 「一遍御案内しませらう 「あさう有難う 「とても良い女が揃つてますよ 「女が 「はあ 「ふむ―― 「ナンバーワンのね 「はあ 「美代ちやんなんかね 「はあ素敵なシャンですよ 「あゝあゝカフェーのオリムピツクか 「今やうやう解つたんかい 「それを先へ云はんか君、スポーツの話をして居てやね、オリムピツクオリムピツクと云ふからやゝこしいやないか君 「あのオリムピツクのね 「はあ 「ダブルテキなんが 「もう解つた解つた君いゝ加減にしときいな、あの百米突では吉岡隆徳ね 「一米突ではピストル強盗 「まぜかへしないな、百米突のスタートなんかは全くいゝですな 「百米突のスタートはゝですか、僕はそれより酒のスタートがいゝと思ひますな 「五月蠅い男やな、あの勇ましいユニホーム姿ね、數萬の觀衆に拍手で迎へられて出場、用意のホイツスル 「そら聞いてゐるんですよ 「はあ 「とても景色が良いさうですね 「ホイツスルて景色? 「はあ 「いゝふなホイツスルとは君呼子の笛やないか 「あゝ呼子の笛ですか 「さうですかな 「成程 「ふむ百米突のもの 「ふん 「一米突ピストル強盗も 「はあ 「同じ運命ですな 「はあ 「呼子の笛で味方を集めますか 「暫く君默つて居られんか、さうすと、スタート係がピストルをぐつと握りかまへるわね 「呼子の笛で味方を集めて 「はあ 「ピストルを握りかまへる 「はい 「君 「ふむ 「いよいよこれが大捕物の場面や 「さうですか 「獨眼の丹下左膳 「ふむ 「左手に大刀ヒラリと抜いて 「はあ 「寄らば斬るぞ 「ふむ 「チヤンチヤン、チヤンチヤンスカラカチャンさあ參れ

 漫才中、名前の出てくる吉岡隆徳さんは、1932年の第10回ロサンゼルス五輪の男子陸上100メートルで6位入賞を果たした選手のようです。隔世の感がありますね。

萬歳 オリムピツク (横山エンタツ 花菱アチヤコ) タイヘイレコード 新黑10306-B
(下)
「おゝおいおいそら君キネマやないか 「はあ 「いえなあ 「はあ 「僕の云ふてんのはね 「はあ出發の合圖の君空砲やがな 「あゝくうほうか 「さいや 「君それだけはね 「はあ 「僕は自慢をするね 「さよか 「此の間もお母さんが實際吃驚したんや 「ふむん 「うなぎ丼三つとね 「はあ 「天丼が二つ 「はあ 「ライスカレーが君二枚や 「そら又君喰ふ方やないか 「はあ 「いゝえ空砲とがね 「はあ 「つまり音ばつかりのピストルやはな 「なんぢやいピストルの空音か 「そやがないやしい男やな 「折角御馳走にならうと思てんのに 「さうするとスタート係がピストルをぐつと持つて、オンヤマーク 「はう 「短距離はスタートが肝心やよつてんな君 「短氣者は君辛捧がかんじんやな 「ちよこちよこ相手になりないな 「いやこら失禮 「はあ 「然しね、あのうお湯が沸いてから君どないする心算りや 「誰がお湯沸すと云ふた 「君今ピストルを構へてお湯を沸すと云ふたやらう 「いゝえオンヤマークやがな 「あゝオユワマークか 「解つてんのかいな 「解らんねん 「頼りない男やな 「オンヤマークとはね 「はあ 「選手が自分の場所へずらつと列ぶんですよ 「ずらつ……ずらつと列ぶて、列んでから何しやはんねん 「さうて君ゲッセツト、ドーンで走んねやないか 「はゝんそりや一寸無理やね 「何んでえな、 「如何に君ランニングの選手でもやね 「はあ 「下駄と雪駄では走れんで 「誰が下駄と雪駄で走れと云ふた 「誰がて現在君が云ふたやないか 「何んでえな 「オュワマーク、ドン、下駄と雪駄で走れ 「違ふがな、下駄と雪駄と違やひますがな 「はゝん 「ゲツセット、ドーンやないか「ゲッセット、ドンて何 「頼りない人やな、君はこのラン二ングの事皆目解らんな、 「ランニングの事は解らんからね 「はあ 「僕は主にカンニングをやりよつたんや 「さう云ふ君はづぼらもんやがな、第一番矢張りこのどうしても運動せな駄目やで君 「さうかな 「はァ君の躰なんか實際ちよろこいがな 「あゝさう云ふと君の躰は立派ですね 「いや立派と云ふ程の事も御座いませんがね 「體量隨分あるでせう 「マア十七貫ですかな 「十七貫 「はいな 「相當なもんですな 「いや知れてるで君 「十七貫ありますか 「はあ 「全部で 「あたりまへやがな君、こんなもん君いちいち取り外し出來ますかいな 「ほほう 「全部で十七貫やないかいな 「さうですか 「さいな 「たいしたもんですな 「いや知れてるで、君は幾ら御座います 「僕は實際羞しいわ 「アヽさうかいな 「はあ 「いや羞しい云ふても無いことないやろが 「無い事ないよ 「そらそうやろな 「そんな失敬な云ひ方すなおい 「そらそや形があんねやもんね當り前や無かつたら君浮上つてしまふやないか 「さうかそりや失敬 「失敬過ぎるぜおい 「今何匁あります 「最近は何もん何匁とはどうやおい 「はあはあ 「金の屑買いに行つた様に云ふな 「やあこら失敬失敬 「十三貫から 「はあさうですな、まあ二十貫ですか 「二十貫 「はあ 「人間の身體さう一遍にね六貫も七貫變りませんわ 「いや物持つて量つた場合はね 「あたりまへやないか君物さへ持ちゃ何貫でもいけますがな 「どうして量るんや 「いゝえ無論ね裸體一貫で何んぼムいますちゆうのやが 「裸體一貫でさうですな 「はあ 「まあ十三貫ですか 「十三貫 「だけどね君 「はあはあ 「僕と君とこうやつて居ればね 「ふん 「大と小と列んだやうでつせ 「さうかな 「目方の點に於て僅か三貫、四貫の違ひと思はんね 「ふむん 「僕はね 「はあ 「實際の話がねえ 「はあ 「君はもつとあると思ふた 「君は幾ら位僕あると思ふた 「六十貫位ひはあるやろ 「そないあるかいな君、六十貫も七十貫もあって堪るかいな君 「牛でも馬でも百貫位ひあるんでつせ 「牛と馬と又人間と一緒になりますか 「そんな事遠慮すない 「そりや遠慮するがな 「然しね 「はあ 「僕は子供の時分からね 「ふん 「胃が惡い 「さうらしいね 「貴方は然し胃が丈夫ですな 「お蔭さんでな 「このあんた張切つた胃は實際羨しいな 「張り切つた、そこは君肩やないか 「はゝさうか 「肩に胃があるかいな 「あゝさうか 「胃のあるとこ君解らんのん 「僕はね 「はあ  「まだ開けて見ないから 「おい罐詰みたいに云ひないな胃のあるとこ教へたげますわ 「はゝあ 「この臍の所ですわ 「アッ、下げたんですか 「何んで態々この胃を下げんねんな 「はゝいゝえ人間の胃はこの臍でんがな 「あさよか 「はいなア 「蛸の胃は頭やで 「飯蛸ぢやがな。

 最後に岡田さんの解説からひと言引用して締めとさせていただきます。近現代の日本の“話し言葉”の研究に最適、貴重なデータ集です。(竹)

漫才や落語の文句カードに収録された詞章は、庶民の日常会話を知ることができる有益な資料であり、どのような言葉や言い回しが使われていたかなど、昭和期の日本語研究にも役立つデータといえる。

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