※本書執筆経緯が記された著者による「はしがき」を転載します。
はしがき
日本海に面する人口最少県の鳥取は、現在の県立図書館ができるまで、「図書館後進県」を自認していました。旧県立図書館は貧弱で、市町村に公共図書館はほとんどありませんでした。それが今では、全国有数の図書館先進県と言われています。背景に何があったのか。これまでの経緯を記録と証言に基づいて、解明しようと考えました。
鈴木と安藤の共著としています。私たちはいずれも、図書館学や書店論の専門家ではありません。本を読む、本を活用して、モノを書く、モノを考え、それを形にすることを仕事にしてきた人間です。その視点で、本、本屋、図書館の現状とそれらを取り巻く環境、活字文化、すなわち「知的空間」の未来について語りたいと思います。

本の中では、半世紀という時間軸の中で、図書館をめぐる鳥取県の歩みを振り返っています。著者の一人、安藤は、鳥取で生まれ育ち、大学卒業後にUターンして鳥取県庁で長く勤めました。同時に自宅を編集室とし、手弁当でタウン誌の編集、発行に携わり、そこでさまざまな人脈を広げました。鈴木は県外生まれで、大学卒業後に入社した新聞社の都合で1985年4月、新人記者として鳥取に赴任し、その時に図書館問題を取材しました。友人たちとその時に出会い、鳥取を離れからも交流が続いていました。
この本の立ち位置は次のとおりです。記録された一次資料と当事者の証言に基づき、事実を積み上げる。鳥取県の本屋と図書館の関係性について、ドキュメントとして「歴史」を再現したうえで、自分たちの考察を加える。書店と鳥取県立図書館の連携や活字文化の現状をどう捉え、将来をどう見据えるかを記述する。
この本は、本屋と図書館の話が中心となっています。個性的な店主が営んできた定有堂書店、山陰地方を代表する今井書店グループ、図書館界で評価が高い鳥取県立図書館を核として、活字を友とする人と本屋と図書館の物語を紡いでいます。
物語の筋は次の通りです。鳥取に家庭文庫や地域文庫が生まれたのは50年余り前。文庫の仲間に書店や行政関係者も加わって、図書館づくり運動に発展しました。その後、新しい県立図書館と市町村立図書館の整備が始まりました。
証言によると、鳥取県立図書館が現在の評価を得るまでの背景には、当事者の相当な危機感がありました。戦後の図書館は「市民の図書館」を掲げた東京都日野市立図書館をモデルとし、貸出冊数を重視する姿勢を取りました。「無料貸本屋」の批判は消えず、現役世代の住民からは「自分たちの仕事や暮らしには関係ない」という印象を持たれてしまった、というのです。そのイメージを払拭しようと、新しい鳥取県立図書館は「県民の役に立ち、地域に貢献する図書館」を前面に掲げ、ビジネス・就職活動支援、医療・健康情報、暮らしの困りごと支援のような新機軸を次々に展開しました。常勤司書の大量採用は大きな起爆剤となり、県内の学校図書館に生命が吹き込まれました。
同時に、市町村立図書館や大学図書館、図書館以外の施設と連携し、一体となって課題に取り組むことによって、公共政策として県民全体に図書館サービスを提供する、という説明が可能になっています。このようにして「公共図書館の鳥取モデル」が生まれたことで、貸出ばかりが注目された日野市立図書館モデルをようやく乗り越えることができた、と言えるかもしれません。
本屋の危機、図書館の危機が、マスコミで報じられます。実は、本屋も図書館も、「中の人」(内部関係者)だけでは成立しない仕事です。活字情報を必要とする「購読者」「利用者」の存在があって、初めて仕事が「完結する」性格を持っています。購読者、利用者がいない本屋、図書館は、存続できない運命にあります。そういった人間関係の広がりを基に、活字文化が維持・継続される、という仕組みなのです。ですから、本屋や図書館を支援すると言っても、購読者、利用者を前提にしない応援は、意味をなしません。この本を作成する過程で、そうした当たり前の事実に改めて気づきました。
全地球の7割の人がインターネットを利用し、日本ではほとんどの人がスマートフォンを所有する時代。気軽にグーグルに質問し、生成AI(人工知能)を話し相手、相談相手にしている人も少なくありません。インターネットには、情報源として、信頼性に疑問がある「切り抜き職人」の動画が満載。文字情報でも「コタツ記事」といって、電話取材さえしないで、テレビで流れた発言の一部をただ短くまとめて、あたかも自分で直接取材した別のニュースのように仕立ててオンラインで流す「記者」や新聞の電子版も存在するので、発信に携わっている素人も職業人も、責任は重いと感じます。活字文化の危機を語る以前に、「読むとスカッとする」「スッキリ心が晴れる」効果を狙った偽情報や誤情報が氾濫しています。大学の授業のテーマにも取り上げながら、そんな思いを巡らせています。
本書の記述は、鈴木が担当しました。(文中敬称略)
鈴木 暁彦




著者略歴
鈴木 暁彦
長崎県立大学国際社会学部国際社会学科教授。早稲田大学法学部卒、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了,修士(学術)。1962年生まれ。1985年朝日新聞入社、鳥取、神戸支局員、東京・大阪経済部員、北京支局員(中国総局員)を経て大阪経済部次長、広州支局長などを務める。退職後、関西学院大学国際学部国際学科の非常勤講師などを経て 2016年4月から現職。マスコミュニケーション論などを担当。共著に『奔流中国 21新世紀大国の素顔』(朝日新聞出版)、『奔流中国 21世紀の中華世界』(朝日新聞社)。
安藤 隆一
元鳥取県立公文書館長、鳥取市のタウン誌『スペース』の元編集長・発行人。関西学院大学経済学部卒、同志社大学大学院合政策科学研究科博士後期課程修了·博士(政策科学)。1948年生まれ。1977年鳥取県庁入庁、労働雇用課長、公文書館長などを歴任。退職後、しんきん南信州地域研究所主席研究員(飯田市)、岡山理科大学総合情報学部(現情報理工学部)非常勤講師を務める。著書に『ほんものの地域づくりへ』(小取舎出版)。編著に「地域づくり読本』(文理閣)。共著に「入門・文化政策』(ミネルヴァ書房)、「観光文化と地元学』(古今書院)。
「活字を友とする人と本屋と図書館の物語―鳥取を「図書館先進県」に変えた50年」
鈴木暁彦、安藤隆一〔著〕 四六判・280p 2026.7 日外アソシエーツ刊
定価2,420円(本体2,200円+税10%)
ISBN:978-4-8169-3108-6
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