6月に「復刻 歴世風俗印画集―写真でみる装いの文化史」(江馬務・著、青江智洋・編/解説)を刊行いたしました。
この本、ひとことで言うならば「大正期のコスプレ本」です。
「コスプレ」というとなにか不真面目な響きがありますが、とんでもありません。
例えばこの画像を見てください。モデルの真剣な面持ちを。
いたって大真面目に衣裳をまとい、装飾を整え、ポーズを決めているのです。
因みにこの写真は大嘗祭など宮中の儀式に行われる久米舞の舞人に扮したもので、モデルは本書の著者・江馬務氏(当時32歳)で、撮影場所は(京都)建仁寺両足院です。
大真面目な写真集なのでありますが、ページをめくると、大真面目であるが故に、ちょっと可笑しくなる写真も収録されています。例えば「ちょろけん」と「舌出し」の写真です。
江馬務の解説によれば、江戸時代の末から明治にかけて、京都ではこの様な扮装をした者が囃しながら来たといいます。因みにこのちょろけん、舌出し撮影時には風俗研究会の会員が扮装していたそうです。大真面目な中に楽しい空気が流れていたような気がします。
さて、最後に大真面目に本書の解説をしようかとおもいます。
でも、私には荷が重いので、本書刊行の一番の功労者、青江智洋さんが執筆された解説の一部を紹介させていただきます。
『歴世風俗印画集』第一編第一輯から第二編第一二輯までに収録されている写真は、基本的に1915年から1926年にかけて実施された扮装写生会の様子を撮影したものである。(中略)
扮装に係るモデルの女性は祇園芸妓を起用することが多く、結髪や化粧等は京都古今美髪講習会なる専門家集団の協力を得ている。男性モデルは研究会の会員等が務めたほか、本職の芸能者を招くこともあった。当初、扮装実演のモデルは一人だけであったが、やがて複数人を立てるようになり、時代扮装に見合った調度や背景を設えたり、大道具や大掛かりな舞台セットを組み立てたりするなど空間の演出にも気を配るようになった。さらにはモデルの仕草や礼法にも注意を払い、よりリアルな時代風俗の再現を求めるようになった。後にはこれを大仕掛けにした風俗時代劇や実演イベント(大鎧着初式、模擬婚礼式、曲水の宴、鷹狩)も開催している。
扮装写生会の会場は主として祇園の八坂神社境内にある清々館が利用された。清々館は八坂神社の貴賓室であり、献茶の施設である。本書に収録されている写真は座敷を仕切る舞良戸の前、高欄のある廊下で撮影されたものが多い。それは濃い色の舞良戸を背景にすることによって色味の明るい衣装を際立たせるためであろうと見られる。反対に色味の濃い衣装を用いる場合は舞良戸を開けて真っ白な障子を背景に用いている。(中略)
会場としては、ほかに建仁寺両足院、梨木神社、平等院、寂光院、麩屋町五条上ルの朝日神明宮境内に存在した修正会、京都市河原町四条下ルに存在した京都倶楽部、寺町四条下ル大雲院境内の高等家政女学校、島原松本楼等が利用されている。
扮装写生会において着用する服飾品や設えに用いる調度等は研究会員の所有品のほか、江馬が講師を務めていた絵画専門学校の所蔵品が用いられた。とりわけ染織品や服飾品(小袖・単衣・帷子・振袖等)については、京都で古美術を商う野村正治郎(1879~1943)の蒐集品が高い頻度で使用されている。甲冑は日本画家の小村大雲(1883~1938)等から借用し、その他の装束や調度は江馬や吉川観方(1894~1979)等のコレクションを使用したり、研究会で製作した模造品を用いたりしている。
現在、野村の蒐集品は国立歴史民俗博物館に一部が所蔵されており、ほかにロサンゼルス・カウンティー美術館、ミルズ大学アートギャラリー、メトロポリタン美術館等に分散して収蔵されている。例えば、第一編第二輯(元禄婦人風俗)においてモデルが着用している小袖は国立歴史民俗博物館所蔵「流水楓模様小袖」(江戸時代中期)ではないかと思われる。また、同編第九輯(江戸化政時代の内儀姿)において祇園芸妓が着用している紫地絽つくも文様の小袖はメトロポリタン美術館に所蔵されているもののように見える。
因みに本書の底本となった『歴世風俗印画集』は現物を見つけるのが非常に困難な本であります。
青江さんはこのことに関して以下の様に本書で記されています。
『歴世風俗印画集』(24冊)は、1924年(大正13)4月から1926年(大正15)3月にかけて風俗研究会が発行した月刊誌である。発行部数が極めて少なかったこともあり、現在において本誌は国立国会図書館をはじめ公立図書館等に所蔵されておらず、その存在はほとんど世に知られていない。なお、江馬務旧蔵の風俗史関係資料の大半は京都府(京都府京都文化博物館管理)と花園大学歴史博物館に分散して所蔵されているが、いずれのコレクションにも本誌は含まれていない。筆者は江馬や風俗研究会の活動について調査研究を進める中でその文化的価値を知り、本誌を古書店から入手した。それは第二編第四輯の一部が欠損していたものの、今回の復刻版刊行にあたりほかに本誌を所有する機関や個人に当たることができなかったため、筆者の手元にあるものを底本とした。
この大正時代の(大真面目な)コスプレ写真集を多くの方が手に取っていただけたらと願っています。
(青木)
復刻 歴世風俗印画集―写真でみる装いの文化史
江馬務〔著〕、青江智洋〔編・解説〕 B5・490p 2024.6刊
定価27,500円(本体25,000円+税10%)
ISBN:978-4-8169-3013-3
詳しくはこちら↓
https://www.nichigai.co.jp/PDF/3013-3.pdf
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